ニックネーム: masamune
断酒段階: 第5期
連続断酒日数: 32日
覚醒率: %
しらふの日数: 197日
呑んだ日数: 140日
節約できた時間: 591時間 (1日あたり3時間)
節約できたお金: 394000円 (1日あたり2000円)
今の気持ちの投稿数: 36件
記録開始日: 2020-01-01
プロフィール:
30代後半、飲酒歴20年。ビール500ml(アルコール4%)を1日6本飲むようになって8年位。
さすがにここ数年、酒での失敗も増えてきて、この1年でほぼ、飲んだ日はブラックアウト。明らかに記憶力の低下を自覚。もうここで酒をやめないと取り返しのつかない事件を起こすのも時間の問題だと思い、2020/1に断酒を決意しましたが、1月から22回失敗続き。
2020/9に山口達也さんの飲酒運転で交通事故を起こした事件がTVに流れた際、アルコール依存症とはどのような病気であるかと、精神科医師がTVでコメントを求められていました。その医師の言葉はこうでした。

「自分の人生を大事に出来ない人はアルコールはやまらない、そういう病気です」

これを聞いた時、自分の胸にドンっ!!と響きました。
この後、この医師の動画を見つけました。アルコール疾患も専門分野である茨城県の有名な精神科医師でした。そして、1番最近の動画でこのような事例を出してお話されていました。
老齢期のアルコール依存症について、「もう歳も取ったし、残りの人生、好きな酒を飲んで生活してもいいだろう」いう言い訳を作り飲酒する定年退職後の方も少なくないという。しかし、その医師はこう仰っていました。

「親というものは何歳になっても、自分の子供にとって、1番身近な将来のモデルである。そして親は何歳になっても子供にとって人生の先輩であり、年老いてもなお、長老として、子供の良い見本になり続けなければいけない。生きる意味はそこにある」と。

私事ですが、私の祖父はアルコール依存症でした。私が少年時代、両親はずっと私に隠していましたが、現在、医療従事者になった私にはもう隠しきれなくなり、話してもらいました。話によると、祖父は若くして(40歳の頃)糖尿病を患い、内科、精神科の入退院を繰り返していたそうです。糖尿病で吐血して死んだと訳のわからないことを両親に話されましたが、おそらく、最後は肝硬変に伴う食道静脈瘤が破裂し、大量吐血したのでしょう。まるで教科書通りにアルコールで命を落としたようです。その祖父の8人兄弟もまた、4人がアルコール依存症であったようです。私が幼少期の頃(5歳くらいであったか)、祖父が言い争いの果てに「うるさい!!」と怒鳴り、コップに入っていた酒を祖母の顔にぶちまけたのを鮮明に覚えています。オレンジのお花がたくさん描いてあったそのコップも今でもハッキリと覚えています。
優しい祖母がよく小学生の頃、カルピスを牛乳で割ったものをそのコップに注ぎ、飲ませてくれたものですが、小学生の私はそのコップを見るたびに祖父の酒乱を思い出したものです。
そんな祖父を見ていた私の父も、現在、祖父が死んだ年になったが、未だ酒を飲んでいて、飲み始めると直ぐにろれつが回らなくなり、まだ60代半ばにも関わらず、前頭葉が萎縮しているのでは?と思える程の判断力の低下をきたしています。少年時代、私の中の父はいつも膝までの短い白いステテコとシャツ1枚のだらしない格好で、焼酎のお湯割りを片手に夫婦喧嘩の果てに、やはり「うるさい!!」と母親に怒鳴り散らし、時には手を上げていました。静かになったと思えばコップ片手にソファーで寝そべりウトウトし出し、コップを落とすか、僕がコップを取り、毛布をかけてあげる毎日でした。当然、私はACであり、幼少期から中学生になるまで、特に勉強に関しては厳しく(両親は高卒と中卒にも関わらず…)、常に両親から、身体的精神的虐待を受け、辛い思いをしてきました。

しかし、20数年という時が経ち、私も18歳から辛いことがあるとそれを忘れるため大酒を浴びる生活を20年続けてきました。このまま酒を飲み続けると、祖父や父と同じく、酒を飲んで暴言を吐き、家庭内暴力を起こし、家庭を壊してしまうかもしれない。また、子供が自分の背中を見て育つと、子供までアルコール依存性になってしまうのか。子供の物心がついた後に断酒しても遅すぎるだろうか。など考えるようになりました。
また、子供をアルコールの害から守るためにも、薬物について正しい知識を教えなければ、自分のようになるとも思いました。私は酒は飲むのが当たり前の家庭に育ち、昔、たくさん飲めたら、親戚みんなに褒められました。小学生の頃は両親の指示でお神酒に口をつけさせられる始末…高校生の時、親に褒められたことなんてなかったが、酒を飲めたら、「お、飲める口だな」と褒められた。嬉しくて嬉しくて頑張ってたくさん飲みました。アルコールについての正しい知識を持った今、アルコールに手を出してしまった事を本当に後悔しています。しかし、将来、私の大切な子供をアルコールの害から守る為にはまず、私が、酒と決別しなければならないと真剣に考えるようになりました。今年に入り、断酒を始め、何度も何度も失敗を繰り返し、自暴自棄になりながらも、アルコールの知識をつけながら、頑張ってきました。しかし、心の何処かにたまには飲んでもいいかなという気持ちがありました。一生断酒するという気持ちはなかったのだと思います。
しかし、昨今、YouTubeというツールを用いて、断酒動画をボランティア精神で作成してこの世に配信してくれる素晴らしい人々のおかげで、様々な気づきを得ることが出来ました。酒はアルコールという危険薬物であり、全く利点がないという事に気がつきました。そしてこれからの人生、1日1日、時間を大切に、自分を大切に、家族を大切に生きていく為に、ようやく、ようやく私も覚悟ができました。子供の更にその子供達のためにも、飲んだくれて廃人のような祖父にはなりたくない。家族の長老として、子供達の模範となる人間になれるよう頑張り続けたい、そのためには、残りの私の人生において、酒は不要なもの、酒は断たなければならないもの、酒は戦い続けなければいけないものであると思うことができました。私のように人生初めての酒に捕まってしまう人間も中にはいるのだと思います。家系がアルコール代謝に強いだけではなく、生まれ持った複雑酩酊の家系、薬が効き易いHSPなどが合併して、生まれつき絶対に飲んではいけない人間もいるのだと思います。アルコール依存症になった私だからこそ、アルコールの恐ろしさを教えることができると思いました。同じ遺伝子をもつ私だからこそ、後世に伝えることができる、そう信じて私の生きる意味は、子供達にとって人生の模範となるような生き方になるよう努力すること、そして、自分が断酒し続けることによってアルコールの恐ろしさを子供、孫の代に伝え、絶対にアルコール依存症にさせないという使命もあると思っております。アルコール依存症は私の代で終わらせます。
2020/11/1から残りの人生、私も本気で人生不動の断酒道を歩むべく、精進して参ります。